第6回宇宙建築賞優秀作品発表
おかげさまで、第6回は非常にレベルの高い応募作品が集まりました!
年々宇宙建築賞のレベルが上がってきていることが感じられます。
さて、そんな第6回宇宙建築賞で見事入賞を果たしたのは以下の作品です。
今回の審査委員の方々の講評と併せてご覧ください。
第6回宇宙建築賞 総評
宇宙建築賞の開催も第6回となりました。応募作品14件から、最優秀賞1件、入賞5件が選ばれましたが、どの作品もアイディアと感性に富むものだったと思います。応募下さった皆様、審査員の皆様、関係各位に深くお礼を申し上げます。
今回は、「宇宙農業」という従来よりも具体的なテーマでした。現在、国際宇宙ステーション(ISS)では、通常、数ヶ月~半年ごとにクルーが交代しており、年に数回、地上から補給物資を届けてもらっています。もちろん、水や空気など極力リサイクルしていますが、食料はほぼ100%地上からの補給に頼っている状況です。ISSでも、実験的にレタスなどを育て、収穫して食べるようになってきていますが、月や火星を目指す際には、補給物資を運ぶコストも高くなるため、このような「宇宙農業」が益々大切になってきます。
宇宙農業を、単に食料確保の観点だけでなく、幅広い環境エコシステムとして捉え、植物と人間との共生を目指す観点が見られたこと、それを地球環境にも活かしていこうという視点があったことがとても感慨深かったです。
また、無重力を活かしたり、月や火星での重力を活かしたり、現地の資源・材料を活用したりと、それぞれの環境に合った特色を出してくれていました。こう見ると、一言で「宇宙」といっても、環境は様々であること、地球の環境も決して普遍ではないこと等、沢山の気づきが得られます。
今回の皆さんの作品のコンセプトが、いつの日か実現されることを心より楽しみにしております。
宇宙飛行士 山崎直子 様
最優秀賞(1作品)
© 2016 TNL
「SPACE SPRITS」
西村 蒼
講評:長沼 毅
生物学者/広島大学大学院統合生命科学研究科/審査委員長
今回のテーマは「宇宙農業」と聞いて、僕が思ったことは「宇宙で植物はどう育つのか」でした。地球上で草木が育つとき、茎や幹は上へ(光のほうへ)伸び、根は地中に伸びます。この性質はそれぞれ屈光性、屈地性と呼ばれます。宇宙だと、屈光性は保持されるでしょうけど、屈地性はどうなって、根はどう伸びるでしょうか。また、地球上なら、他者より多くの光を得ようと上へ上へと茎や幹が伸びつつ、重力に抗するべくセルロースで強い構造をつくります。でも、無重力なら、光合成生産の大半を不可食のセルロースに費やすことなく可食のデンプンに回すことができるでしょう。こうして僕の頭の中には自然と「無重力の浮遊感ある宇宙農業」のイメージが湧いていました。
今回の応募作品14件のうち、12件までが天体上での「重力ある農業」で、1件の人工惑星での農業も無重力を積極的に利用してはいませんでした。しかし、本作「Space Spirit」には無重力感、いや「浮遊感」があり、単に無機的に“宇宙施設”とは呼びたくない、むしろ有機性を思わせる浮遊体の中で植物生命はどのように伸びるのか、僕たちのイマジネーションを刺激する魅力がありました。その魅力は他の審査員からも「独創的」、「異次元」、「ぶっ飛んでる」などと評価されたほどです。
作者はタイトルにある言葉「Spirit」に三つの意味を持たせたそうです。すなわち、形のないもの、魂(精神)、そして、酒精。宇宙建築という“形あるもの”なのに浮遊感のある形而上性は確かにspiritですし、それを企図し実現しようという心意気もspiritですし、光合成産物のデンプンを発酵してつくる酒精もspirit、心の癒しです。この三つに意味にそういうストーリー性が込められている点も本作品が高く評価されたポイントでした。願わくば、この浮遊体ではラン藻だけでなく、花を咲かせる植物も育てて欲しいと思いました。
入賞(5作品)
上記の入賞作品データと審査員の方々の講評も
近日中に公開予定です。
優秀賞に選ばれた作品と審査員の方々の講評はいかがだったでしょうか。
作品はどれも見た目の良さだけでなくその内容もしっかり作りこまれていると思います。
今回は非常に完成度が高いだけでなく、独創性にあふれた作品がとても多いように感じました。
今回の宇宙建築賞が今後の宇宙建築の新たな着想につながることを願っております。
最後に、第6回宇宙建築賞に応募していただいたみなさま、審査会にお越しいただいたみなさま、
そして審査員の方々、関係者各位にお礼の言葉を述べさせていただきます。
この度は第6回宇宙建築賞にお力添え頂き、本当にありがとうございました!
© 2016 TNL
「PYKRETE ZONE」
齋藤 柊
講評:長沼 毅
生物学者/広島大学大学院統合生命科学研究科/審査委員長
今回は応募作品14件のうち6件が火星モノで、火星はちょっとした激戦区でした。どれも甲乙つけがたい中、2件が入賞となりましたが、他の4件も素晴らしい作品でした。入賞の2件は本作「Pykrete Zone」と「生々流炭」でしたが、他の4件の内容にも簡単に触れますと、構造にはインフレータブル(東京ドームのような空気膜構造)や折り紙構造や植物の根系に似た地下構造、農業方式にはアクアポニックス(水耕栽培と水産養殖を連携させた循環型農業)やエアロポニックス(気耕栽培)、植物種にはこれまでに宇宙農業向けに提案されてきた栽培植物(小麦・イネ等の穀類、豆類、芋類、トマト等の果菜類、レタス等の葉菜類)やラン藻などが提案されていました。これらに対して本作は施設の「素材」をテーマにした点にオリジナリティがありました。
本作が取り上げた素材は、タイトルにもある「パイクレート」です。パイクリートは、おがくずや紙パルプなどに含まれる植物繊維、現代風には「セルロース・ナノファイバー」を14%ほど含有する氷材です。凍ってさえいれば、水に浮くほど軽いのに、コンクリートより強いのです。これは、もともと第二次世界大戦中に「氷山空母」を建造する「ハバクック計画」に用いる素材として、英国の発明家というかマッド・サイエンティストのジェフリー・パイクが提案したものでした。氷山空母は計画倒れになりましたが、21世紀に入って、小規模ながらパイクリートで作った船での実地試験が繰り返されました。その結果は失敗ばかりでしたが、21世紀になっても実験されていることが、パイクリートの面白さを物語っています。
本作品では、火星に存在する氷をベースにして、最初は外部から供給された、しかし、後には火星農業から供給される植物繊維を用いることで、火星で自給可能な建材を生産することを目指しています。もちろん、氷が融けない地域に限定されますし、氷材という素材の性質上、インフレータブルや折り紙ではなく、ジオデシックなどの固定構造に限定されます。それでも、火星農業の特性を考え抜いて思い至った素材パイクリートを取り上げたことは高く評価されました。
もし僕が火星に行けたら行きたいと思っている「マリネリス峡谷の底」では氷が融けかねないので、このアイデアは実現不可能かもしれませんが、火星の他の多くの地点では実現可能でしょう。本当に実現したらいいですね。
© 2016 TNL
「人工農業惑星」
古城 偉央理
講評:大野 琢也
建築設計/鹿島建設関西支店建築設計部/審査員
今回の課題は「宇宙農業施設」であるが、本作品は「農業拠点をどこに置くか?」に焦点を当てている。例えば、火星―地球往還について、問題点の一つにその気の遠くなる距離があげられる。火星と地球の公転の影響で、いつでも行き来できるわけではなく、合理的タイミングというものがあり、そのために長期滞在が強いられる。本作品では、火星と地球軌道の中間に新たな軌道を設定、公転を行う人工天体の建造が提案され、公転方向を火星、地球とは逆進とすることで、火星に留まらなくてはならない時間を短縮し、移動時間も短縮する提案である。中間拠点により物理的移動距離を縮め、心的距離も縮めることで精神的な安心感をもたらすことも意図されている。
地球上でも移動時間がストレスにつながることがあるが、景色の変わらない惑星間航行では、なおさら強いストレスがあることは想像に難くない。これを人工天体によって緩和しようとする手法は斬新であった。また、物流拠点として地政学的に優れた提案となっている。すなわち、すべての物資を地球から火星へ、火星から地球へ行き来させるのではなく、この中間地点を農業利用することで、物流の最適化が図られていることも評価される。
人工重力については、人には1G環境近傍で、保管庫は低重力ゾーン、という使い分けをされている。この作品では生物には1Gが必須で、植物の健全な成長のためにも1Gが必要であるとの考えが反映されたものとなっている。半径450m程度、ということであるが、この程度の半径であれば、人間の活動にも支障ないかもしれない。
建築的には、農業に用いられる大量の水の循環を利用して、宇宙空間との隔壁に水を満たすことで宇宙線の防護を意図している。水盤越しに外部が見える仕組みとともに、地軸のように軸を固定し、四季のような変化があることも楽しそうな提案であった。
© 2016 TNL
「生々流炭」
水口 峰志、青木 快大、長谷川 翔紀、穂積 佑亮、横山 幸太、和田 貫汰
講評:大貫 美鈴
スペースアクセス株式会社代表取締役/宇宙ビジネスコンサルタント/審査員
宇宙農業施設の課題において、食糧の収穫にとどまらない、「循環」にどれだけ踏み込んでいるかに着目した。「生々流炭」はネーミングのごとく炭素の循環を表している興味を惹かれる作品である。人間の営みは炭素の循環そのものとも言える。炭素の循環からアプローチした火星における農業、そして居住の在り方は、私たちに新たな気づきを与えてくれる。
月や火星での居住は初めから100%の循環、再利用が持続可能な開発のために必要である。「生々流炭」では、農業施設は独立した存在でなく、居住と一体化することにより循環の高効率化をはかり100%の循環を目指している。
QOL(クオリティオブライフ:生活の質)についても配慮されている。月や火星での滞在は長期にわたるため、QOLは欠かすことのできない要素である。目に留まったのは居住区の中央のテラリウム。作物が育ち、魚が飼育されている。魚が泳ぎ、緑がある環境で日常を過ごすことは人々の日常に癒しをもたらしてくれる。農場としての機能と居住機能の共存は、QOLを実現するためのアイディアでもある。
技術的にもさまざまな工夫がほどこされている。農業施設のエコロジーと居住区の閉鎖系システムという主要デザインが繋がっているうえで衛生や汚染から守られている必要もある。ユニットタイプの小規模に分散している農場施設は致命的な病気や汚染などのリスク軽減にもなるであろう。また、農場施設には植物育成のための高効率のLED照明のための太陽光などエネルギーが必要となるが、藻類発電からも取得する。
チーズのような形態の各ユニットは3層構造で、ISRU(地産地消)で火星レゴリスからコンクリートや玄武岩繊維を活用する。内壁には火星で栽培したラン藻から生産したバイオプラスチックを活用するとあり、植物による地産地消にも期待できる。
© 2016 TNL
「Our Eco」
星乃内 菜生、岩見 歩昴、太田 裕一郎、小原 輝久、許 大星、増田 凱斗
講評:寺薗 淳也
会津大学/審査員
冒頭に「宇宙資源開発」を謳っている(正確には、宇宙資源開発が進み、それに従事する人たちの住まい)という中で、その作業員を養っていくための施設、という設定は、宇宙資源について調査を続けている私にとってもグッと来るものであった。
この提案で審査員の、まさに「度肝を抜いた」内容は、その中心に竹を据えるというアイディアであった。竹は生育速度が非常に速く、重量も軽いために加工も容易である。さらには建築物としての使用後も様々な形でのリサイクルが可能であり、宇宙空間(空気のある空間)においての使用、そしてその中心をなす構造物としての使用というアイディアはまさに驚くべきものであるといえよう。この案でも、竹を最終的にセルロースナノファイバーという強靭な繊維として活用することになっている。
農業という点でいえば、循環型農業としてアクアポニックスによる水耕栽培的な環境を提案している。土壌が不要になることで、このシステムは天体表面だけではなく宇宙空間のどこであっても実用可能となる。さらにこの農業システムでは、単なる食料だけではなく、香辛料や果物、さらにはコーヒーといった嗜好品の栽培を目指しているという点に、私としては大変感銘を受けた。宇宙空間において孤独感や疲労感を満たすものは、こういった嗜好品になるだろうし、宇宙農業から得られる食事は人間の心の平安にとって非常に重要となると思われるからだ。
ただ、実際に宇宙空間において竹を使用した構造物の強度がどうなるのか、嗜好品なども含めた農業システムがアクアポニックスにより成立するのか、より詳細かつ定量的な検討は必要であろう。それでも将来、このような空間が宇宙空間で成立するとすれば、宇宙資源採掘に限らず、人類の宇宙進出のあらゆる場面で適用可能となるであろう。特に宇宙資源採掘先として注目されている地球近傍小惑星周辺空間への設置は実現性が高そうに思える。非常に楽しみである。
© 2016 TNL
「Seleno-Fibre」
笹川 武秀、Chi-tathon Kupwiwat、細井 陸、山田 弦太朗
講評:城戸 彩乃
株式会社sorano me/審査員
普段から宇宙を使ったビジネスを地球に住んでいる人間にどのように還元するか?を考えているため、今回の審査で私は、「いかに地球に新しい価値可能性を提供できるか?」という観点で審査しておりました。その中で「Seleno-Fibre」は、光の取り入れ方の工夫を中心に新しいコンセプトを提案してくれており、目に留まりました。
場所の設定は月の縦穴、実際に観測され、一部で探査計画を進行している方々もいる、次の月探査ステージとして納得の選定でした。外からのハザードに強い土地選定がメリットである反面、地下にずっと住むという制約が付きまといます。
「宇宙に住む」と言うと、大抵がはじめに宇宙空間での制約条件をどのようにクリアするかを考え始めます。普段地球に住んでいる私たちは、地球の環境が当たり前。ジャンプはできて数m、物を落とせば落ちることを、疑ったことはほぼありません。場所のバイアスを外すことで出てきたアイデアを、地球に応用することで、今の地球のくらしももっとアップデートされる可能性があります。そういった点で、Seleno-Fibreは地球とは違う環境条件をあえてポジティブに捉え、地球環境の制約下では実現できないようなコンセプト提案であったのが非常に面白かったです。
光は人間にとって、心理的な健康にも影響する大切なものですので、それを人工ではなく生の光で取り入れた点・農地と住居の位置関係の設計の作り込み・月だからこそ実現できる流線的な空間設計など、随所に工夫も見られました。今後は直接的な光を散乱させるような具体的な技術や、人間が癒しを感じやすいという揺らぎなど、人間工学や心理学などの観点からの細やかな設計アプローチをぜひ試していただけたらと思います。
地球上でも素材の選び方など工夫することで十分に実現・実験できるコンセプトだと思うので、ぜひ実際にプロジェクトを進めて、まずやってみてほしいです。
優秀賞に選ばれた作品と審査員の方々の講評はいかがだったでしょうか。
作品はどれも見た目の良さだけでなくその内容もしっかり作りこまれていると思います。
最後に、第6回宇宙建築賞に応募していただいたみなさま、審査会にお越しいただいたみなさま、
そして審査員の方々、関係者各位にお礼の言葉を述べさせていただきます。
この度は第6回宇宙建築賞にお力添え頂き、本当にありがとうございました!